北上川水系の恵みをたどる旅 ― 岩手県一関市 渓谷と温泉、里山に出会う川旅
岩手県南部に位置する一関市は、北上川水系の清流・磐井川と砂鉄川が流れる自然と文化の宝庫です。深い渓谷を刻む厳美渓や猊鼻渓、中世から続く農村の原風景、そして心と身体を癒す名湯の数々――ここには川の流れとともに育まれてきた人々の暮らしと風景があります。今回は、一関市を貫く二つの河川に沿って、渓谷美、温泉、名水、里山文化といった“川旅”の魅力をご紹介。四季の移ろいとともに訪れたい、流域ならではの観光スポットを巡ります。
北上川水系磐井川
水源は奥羽山脈・栗駒山(1,627 m)。延長36 km・流域面積約301 km²で一関市を東流し、狐禅寺地区で北上川に合流します。強酸性の須川高原温泉などの湯が沢筋で希釈されながら、厳美渓や農耕盆地を育み、北上平野へ清流を届ける“母なる川”です。
厳美渓
約2 kmにわたり奇岩・甌穴が連なる国名勝・天然記念物。仙台藩主・伊達政宗が「松島と厳美こそ領内二大景勝」と讃えた大峡谷で、春の新緑から冬の氷瀑まで四季彩が映えるエメラルドグリーンの水面が圧巻。名物「空飛ぶ郭公だんご」を頬張りながら渓谷美を満喫しましょう。
萩荘・厳美の農村部
磐井川段丘上に広がる里山・ため池群・水田が連なる複合景観。にほんの里百選に選ばれています。集落が手入れした雑木林とイグネ(屋敷林)が生物多様性を守り、奥州藤原氏の頃から続く農の営みを今に伝えています。
一関本寺の農村景観
「骨寺村荘園遺跡」ゆかりの散居景観。重要文化的景観に選ばれています。中世絵図とほぼ同位置に堂社・水田が残り、イグネに守られた屋敷と用水網が里山と調和。平泉中尊寺との歴史的関係も深い“生きた荘園博物館”です。
須川岳秘水ぶなの恵み
平成の名水百選。栗駒山麓のブナ原生林が磨いた冷涼な伏流水で、かつて湯治客の強力(ごうりき)が「ひゃっこ水」と呼び喉を潤しました。国道342号の汲み場では、ペットボトル持参の地元客が絶えません。
北上川水系砂鉄川
源流は一関市大東町・鷹ノ巣山周辺。流路延長約44.6 km・流域面積約386 km²で東山町を貫流し、川崎町薄衣で北上川左岸に注ぎます。かつて砂鉄採取が盛んで名が生まれ、現在は清流復元と治水の多自然川づくりが進行中。
猊鼻渓
高さ100 mの石灰岩絶壁が2 km続く日本百景。船頭が棹一本で操る舟下りは「げいび追分」の唄声とともに四季折々の絶景へ誘います。冬はこたつ舟、夏は藤棚が渓谷を彩り、運玉投げや洞窟散策も人気です。
山吹棚田
標高約400 mの山腹に約40枚の水田が階段状に重なる「日本棚田百選」最北端。霊峰室根山を望み、春はヤマブキの黄色、初夏は菜の花、秋は稲架掛けが彩る北限の棚田景観。清冽な湧き水と有機堆肥で育つ棚田米も自慢です。
須川高原温泉
泉質:pH2.2の強酸性含硫黄‑酸性‑硫酸塩泉。毎分約6,000 Lの湯が白濁し、殺菌力が高く皮膚疾患に効能大。村上春樹『騎士団長殺し』の舞台イメージとしても語られ、作中の“ひなびた湯治場”はここから着想を得たといわれます。
厳美渓温泉
泉質:ナトリウム‑塩化物・炭酸水素塩泉(弱アルカリ性)。とろみのある“美肌の湯”が疲労回復と保湿に好評です。厳美渓を愛でた伊達政宗公ゆかりの地に湧き、渓谷沿いの一軒宿「いつくし園」では露天風呂と前沢牛料理が評判。
まとめ
磐井川と砂鉄川――二本の清流が刻んだ渓谷美と里山農景、そして酸性硫黄泉から美肌の重曹泉まで個性豊かな湯。川旅で歩けば、伊達政宗の賛歌や村上春樹の小説が息づく物語に出会い、平成名水や棚田百選が潤す食と暮らしに触れられます。北上川水系が織りなすこの一関の自然文化景観は、四季折々の色彩と人の営みが共鳴する“東北リバートラベル”の最前列。渓谷・温泉・名水・農村――流域の多彩な資源を組み合わせ、川を軸に滞在型の癒やし旅を提案できるのが、一関ならではの魅力です。
